借り換えの理想と現実

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相変わらずまずいコーヒーだなと思い、ウサコはガラスのテーブルにカップを戻した。

喫茶〈ナマケモノ〉には、きょうも客はいない。わざわざ指定されなければ絶対に来ることはないが、先方の指定なので仕方がない。3日後に迫った〈最高の住宅ローン決定戦〉を前に、ウサコにはどうしても確認しておかなければならないことがあった。

カランコロン。年代物のドアベルが響いた。

「おう!」店内に入ってくるなり声をかけ、クロ兄が席についた。ソントク村に戻ってきたという知らせを聞きっけたウサコが、すぐさま呼び出したのだ。「急ぎの用って一体何だ?」クロ兄は挨拶抜きでそう切り出した。

「急ぎも急ぎ、大急ぎよ」ウサコはわざと大仰に言った。「きのう、マンマル不動産販売の営業から電話があったの。アタシがねらっていた建売が、もしかしたらほかのお客に売れちゃうかもしれないんだって。早くしないとホントに理想の家が遠のいちゃう。最高の住宅ローンを選んでいる隙に理想の家を逃すなんてアタシ、おじいさんに何と説明したらいいか。」

「あわてて家を買うのもどうかと思うが、ま、ウサコにはウサコなりの事情があるんだろう。分かった、なんでも聞いてくれ。」クロ兄はバッタン村での疲れをおくびにも出さず胸を叩いた。

「相談というのは借り換えのことなの。アタシいろいろ考えたんだけど、今回の住宅ローン選びは、やはり変動金利で勝負しようと思う。頭がガチガチのカメオは固定金利を選ぶだろうけど、低金利のいまならスタートダッシュで差をつけて、そのまま逃げ切るという手が使えるわ。

もちろん、今度という今度は途中で追い抜かれるなんてヘマは絶対に許されない。そこで、変動金利のリスクをうまく回避する方法として、借り換えという選択肢も持っておきたいの。」

「で、オレにどういう準備をしておくべきか聞きたいってわけか。しょうがねえヤツだな。」

クロ兄の前に、コーヒーとハムチーズサンドイッチがそっと置かれた。マスターは今日も無言だ。

「最初に一般論を言っておく。借り換えには検討の目安ってものがある。次の三つのうちどれかに当てはまれば借り換えの検討をする価値がある。」

一つ、ローンの残高が1000万円以上ある

一つ、ローンの残存期間が10年以上ある

一つ、借り換えの前後で金利に1%以上の差がある

ウサコは手早くメモを取った。

「借り換えを検討する場合は、あらかじめ借り換えに必要な諸費用まで見込んだうえで借り換え前後の支払総額を比べ、そこにメリットがあるかどうかを試算しなくてはならない。だがなあ。」

いつもは歯切れのよいクロ兄が、何やら考え込むような素振りを見せたことに、ウサコはイヤな予感を覚えた。

<続く>

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繰上返済をしなければ、最悪のケースだけはまぬがれる

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「だけど、ミラーさん。教育費は分かるけど、老後の資金は住宅ローンを早めに返済して借入金をゼロにしてから貯め始めても間に合うんじゃないかな」

「たしかにカメオの〈毎月、自由に使えるお金〉を見ると、子どもの教育費と老後資金くらいはなんとかなるでしょう。でも、そこに安住して繰上返済をしてごらんなさい。500万円返済しただけで、すぐにおカネが足りなくなるわよ。それに、子どもが学校を卒業してから、たった10年で貯められる金額なんてたかがしれてるわ」

「じゃあ、やっぱりボクには繰上返済は無理ってことですか」カメオはがっくりと肩を落とした。

「そう悲観しないで。もしカメオが団信に入っていれば、ある日突然亡くなっても団信のおかげて残りのローンはチャラになるでしょ?当然、それまでカメオが貯めた預金は全額家族に残るから奥様は大助かりよ。

でも、繰上返済のためにがんばりすぎて過労死でもしたら、家族に残されるのは繰上返済をしたあとに残ったわずかな貯金だけ。これじゃまさしく死に損もいいところね。

繰上返済をしなければ、最悪のケースだけはまぬがれるんだから、それでいいじゃない。ははは」

カメオは力なく笑い返した。ミラー女史の屈託のない笑い声が、カメオの心になんだか重く響いてきた。

<続く>

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繰上返済をする資格があるのは10%くらい

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「ところで。被害者って、具体的にどんな被害にあっているんです?」

「たとえばフラット35で借りた場合、100万円以上まとまれば繰上返済が可能になるから、おカネが貯まって多少の余裕ができた者は、喜び勇んで返済を始めてしまう、手数料もかからないしね。でも、その代わり子どもの教育費や老後の資金はいつまで経っても貯まらないまま。最悪の場合、新たな借金をせざるを得ないという本末転倒な事態に陥ってしまうの。これが被害者の典型的パターンね。」

カメオは30年後の自分の姿を思い描いてぞっとした。

「ねえ、カメオ」ミラー女史は続けた。「住宅ローンを返済していくうえで一番問題になりやすいことって何だか知ってる?金利の上昇はもちろんだけど、それより大きいのは、いま言った子どもの教育費や老後の生活費の確保が難しくなるってことなの、カメオのお子さんは今おいくつだっけ?」

「3歳と0歳です。」

「たしかこの前、教育費として月に5万円貯金していると言っていたわね。それは立派なことだけど、もし二人の子どもが私立の中学や高校に行くことになったら、おそらくその計画は、当初から大幅な見直しが必要になるわ。その先にある大学のことまで考えると結構頭の痛い問題よ。児童手当は制度の内容がころころ変わるから、いまいちあてにならないし。」

カメオは頭の中で猛然と計算を始めた。うーん、足りないかも。

「なのに、くりあげヘンサイ教の信者たちは嬉々として繰上返済金を上納して、何年後かに後悔するわけ。」

「でも、ボクの場合は〈毎月、自由に使えるお金〉を6%以上確保できるローン計画があるから、うまくいけば繰上返済も可能になるんじゃないかな。」

「やっぱりカメオは典型的な隠れ信者ね。隙あらば繰上返済したいって魂胆がミエミエよ。いいこと、繰上返済をしてもいいのは、教育費と老後資金の準備が十分に出来たうえで、さらに余剰資金が生まれたときだけ。将来的な支出の準備も出来ていないうちから返済に邁進するのが、本当に自分にとって有利な選択なるか、一度じっくり考えてみるべきね。あくまで私の感覚だけど、本当に繰上返済をする資格があるのはローンを組んでいる者全体の10%くらいよ。」

<続く>

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くりあげヘンサイ教の隠れ信者

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「カメオの村ではどうなのかしら?こっちの村では、近頃くりあげヘンサイ教が勢力を拡大中で、入信した者たちがいろいろ被害にあっているらしいの。

昨日ついに〈被害者の会〉が結成されたくらいよ。その世話役としてサム爺が面倒を見ることになったんだけど、彼がイヤなことを言うのよ、カメオはいかにも入信しそうなタイプだったなって。

そう言われるとなんだか私も急に心配になって。」とミラー女史。

カメオは努めて冷静を装った。

「入信しそうなタイプってボクってどんなタイプに見えます?」

「そうね。安定した職業に就いていて、生真面目な性格で、自分は絶対に失敗しないと思いこんでいる。いかにも信者になりそうじゃない。」

うーん、たしかにそのとおりだが。

「住宅ローンの返済額を少しでも下げたいと願って、くりあげヘンサイ教には毎日たくさんの住宅ローン債務者が入信しているわ。

やっかいなのは、その教義が普通に聞いているといかにも真っ当て、誰も損をしそうにないところなの。

繰上返済を早くすれば、それだけ利払いが減りますとか、支出が増える時期は、返済額軽減型を選択すれば月々の支払いが楽になりますなんて、一見まともな話だけに性質が悪いの。

指導者たちもまったくの善意で布教しているから、余計この問題はややこしいわ。」

認めたくはなかったが、カメオは自分がくりあげヘンサイ教の隠れ信者かもしれないと感じ始めていた。

<続く>

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くりあげヘンサイ教

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午後の仕事はほとんど手につかなかった。

カメオはミラー女史から受けたアドバイスをもとに、デスクに戻ると優遇制度と団信について、インターネットでさらなる情報収集に励んだ。

はたからは、熱心に仕事に励む模範的公務員に見えたに違いない。そろそろ終業の時刻にさしかかろうかという頃、カメオが新しいお茶を淹れに給湯室を目指して立ち上がると、遠くのほうからスピーカーのボリュームを最人限に上げたワンボックスカーが、説教風の宣伝を繰り返しながら役場のほうへ近づいてきた。

・信じる者は救われます
・早ければ早いほど利払いが減るのです
・支出の増える時期にヘンサイガクケイゲンガタにすれば天国が約束されます

「なんだ?あれ」カメオは隣で書類の整理をしていた後輩のツルタロウに訊いた。
「え?カメオさん知らないんですか?くりあげヘンサイ教ですよ」
「くりあげヘンサイ教?」
「ええ、最近、信者が急拡大しているという噂の教団です。なんでも〈住宅ローンの繰上返済をすると天国へ導かれる〉っていうのを教義にしているらしいですね」

繰上返済か・・・カメオはハッタン村で出会ったシャノアール夫人の顛末を思い出した。たしか夫人は、繰上返済に力を入れすぎたあまりローン破綻者になったのだった。

でもあの話、かなり特殊なケースだったよな。やり方次第では、繰上返済は住宅ローンのトータルコストを大幅に削減できる有効な手段になるはずだ。ボクもできることなら繰上返済したいな。

ふと我に返ると、ツルタロウがカメオの名を何度も呼んでいた。

「カメオさん、電話ですって」

えっ?

「だから、電話。ミラーと名乗る女性からお電話です」

カメオはツルタロウに軽く詫びを言うと、ドキドキしながら受話器を取った。

「お仕事中にごめんなさいね」

いえ、別にお仕事中じゃないので・・・心のなかのつぶやきが邪魔をして、カメオはごにょごにょと口ごもった。で、どうかされました?

「一つ言い忘れたことがあったの。くりあげヘンサイ教の話よ」

奇妙なシンクロニシティにカメオの心臓がドキリと高鳴った。

<続く>

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